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大地震

- 2016.04.23 Saturday msophia

恐ろしい程の激震を筑後平野にももたらした熊本地震は、いまさらながらに日本が地震国であることを痛感させた。熊本市内でも家屋の倒壊は免れても室内が散乱したり、戸の開け閉めがうまくいかなくなったりして生活が継続できないような被害がでている。熊本市内に住む同級生の自宅に電話をしても一向につながらない。八代では市立病院が倒壊のの危険性があるとか。
ここ数十年の間に、関西、中越、福岡、東北、そして九州熊本と地震が包囲網を縮めてきているように思える。私達が住む家屋の真下は地震を引き起こす断層が幾重にも走っているそうだ。その実体も地震の起こった後で判明するのだから、如何ともしがたい。巨大な石垣が作る勇壮な熊本城が崩壊したことに驚き、呆れてしまったが、昔も同じ大地震でお城が崩壊したことがあったそうだ。それは豊臣秀吉が朝鮮戦争をしかけて明の使者を謁見する場として作った伏見城である。本をよんでみると伏見城の崩落の程度は今回の熊本城のそれを上回ったかのような激しさだったらしい。秀吉は御殿から飛び出し、秀頼、茶々、北の政所を連れて命からがら城内の築山に逃れたそうだ。そこへ、甲冑に身を固めて現れたのが謹慎中の処分をうけていた加藤清正だったそうだ。昔も巨大地震が起こったことは記録があっても、発生したのちの具体的で有効な対策などは記録されていなかったのだろうか。経験を元に化学的に思考するという考え方が当時はなかったのだろう。山の神、地の神、海の神といった神の仕業ですませたのが何とも言いようがない。
思うに現在はは地震発生の概括的な予測はできても、実際のところ正確な予測はできない。従って地震発生後の対策が上手くできないと被害をおおきくする。地震が起きることを抑制できない以上は発生後の対策が肝要でないか。大きな地震が発生したら携帯に注意報が伝達されるのは心強い。夜中でも起きて逃げだすチャンスは与えてくれるだろうから。だが発生後の被害対策は困難を極めているし、時間がかかる。これだけ断続的に地震が発生しているのだから、南海トラフ地域に地震が起こるのは時間の問題であろう、起こった時にどうするべきか、被害がが出た後にどうやって生き延びるのか、日ごろから日本人は考えておくべきなのだろう。
久留米市には耳納山麓から市役所の方向に断層が走っているらしい。大昔に動いた断層がまた動くのかは私は分らないが、なにゆえにそういった断層地帯にあれほどの高層ビルを建築したのだろうか。異論がなかったのだろうか。市役所の立っている場所は旧久留米藩篠山城の外濠地帯である。私の先祖が江戸時代に住んでいた場所でもある。
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