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久留米附設の抱える不安

受験 2015.08.13 Thursday msophia

夏休みといえば、思い出すのは高校三年時代の受験勉強である。私たちの世代は教室に入りきれないほどの生徒の多さで、競争も激しかった。夏休みは必死で勉強をした。夏休みは特別なカリキュラムの下で授業が行われていた。一コマ70分授業の四時限目がすむと一部の生徒は北側向きの廊下に自分の机を引っ張り出して机を横並びにして自習を始めていた。廊下の定数は限りがあるし、早いもの勝ちで、競争心を前面に出す連中が場所取りに勝っていた。
私は一人で物理教室にこもって勉強していた。明かりもないから部屋が暗いために、勉強場所としては人気がなく、かえって一人で集中して勉強できた。夏は七時までは自然の光のものとで字が読めたから、4〜5時間は物理教室で勉強した。そこまでやったから夏休み明け後の模擬テストではいい成績がとれると思いきや、思うような成績が取れず落胆したものだ。
当時は進学校は補習科という、浪人が通う施設を抱えていた。明善、修猷館、福高、小倉等がそうだった。明善の補習科は明善予備校と言われていたが300名程いただろう。私たちの学年が500名以上いたから、模擬テストの受験者は800名はいただろう。模擬テストの結果は1番から300番目までずらりと名前を用紙に掲載されていた。プライバシーもあったものではなかった。今では公立校がそういうことをすれば「子供が傷つく、平等の思想に反する差別学習だ」と、新聞、テレビがスクープするだろう。ところが、今や全国トップレベルの進学校になった久留米附設は今なお、そうやって生徒に競争心を煽っている。私学だから「差別学習だ」といわれる心配もない。
若い人達にはそうやって奮起を促していく必要があるだろう。順番を開示するのが別にいじめでもないし、いわんや差別でもないと思うが、明善ではとっくの昔に番付け表は廃止された。一方、補習科もなくなり河合、駿台、代々木が福岡市に進出した。そうやって公立進学校の後退が始まった。今や明善校は久留米附設には逆立ちしてもかなわない。普通の進学校になった。生徒も女子が半数を占めている。九大には六十名の合格者を出してはいるが、国立医学部、私立医学部、東大への合格者は少ない。昔の私たちよりは今の明善の生徒がずっと勉強をさせられているのだが、附設にごっそり出来のよい生徒をもっていかれるからかなうはずもなかろう。
今どきの進学校と呼べるのは久留米附設のような私立校である。明善はそうではない。普通の進学校と称したがよかろうか。附設と明善では勉強をしている内容が違いすぎている。附設の五十番以内に常時いる連中は、悪くても明善では十番以内の力がある。私の塾にくるのは附設の生徒,その他の私立の生徒ばかりで、明善の生徒はほとんどこない。明善の生徒は経済的に塾に通わせることができない生徒が増えたのだろうか。それとも公立の課外授業が多すぎて塾に通う余裕がないのだろうか。私としていろいろな生徒を教えてあげたいとおもっているのだが。
さて附設だが、競争が激しいだけに落伍者も多い。ここ六年くらいで附設中学受験者も大きく減少した。下位に定住する生徒の学力も落ちた。昔はその気になれば附設の生徒はそれなりの結果を出していたし、個性も強かったから人間力があった。今や生徒も変わってきただけに、中学から女子生徒を入学させてレベル維持に努めようとしている。できの悪い男子生徒を入学させても結果がでないから、男子切り捨ての方針である。ただ、女子生徒が今までの附設のハードな勉強に耐えていけるかどうかである。附設は数学を重点科目として生徒を鍛える伝統があるだけに、女子生徒がそれに応えることができるかどうか、大きな不安を抱えている。しかも、附設に中学校から入学してくる女子生徒はみなお嬢様育ちみたいな子供が多いように見える。彼らは受験勉強もかなりして合格したのだろう。キャラもそう強くないように見える。忍耐力、持続力、精神力があるだろうか?
附設に入学したら楽に大学入試がのりこえることができると思っていたら危うい。附設での六年間はまことに苦難の連続である。五十番内に常時定着していないと高いレベルの大学には合格できない。私の塾に附設の女子生徒が今まで数名来たことがあるが、皆数学がついていけてなかった。文系の志望者も数学で苦労してしまって、うまくいかない人がいた。女子は男子と頭の構造が違うことを踏まえて教えないと、学習成果がでないはずだ。
附設のあの宿題と課題の多さについていくのは一筋縄ではいかない。私が教えた男子生徒はだいたいにおいて数学が安定すれば、余裕ができて他の科目も上昇した。附設は数学ができないならば「人でなし」ということを先生が言っていたそうだ。そういった暴言で附設を退学した生徒も私の塾にきていた。キャラが強い男子生徒ならそういった暴言もはけるだろうが、女子生徒には対応が温厚でなくていけないだろう。附設の先生たちの適応能力が試されることになるだろう。
私の塾には附設で総代になるような生徒も習いに来ていた。九大医学に三番で合格した。そんなに勉強ができるなら塾等來る必要もなかろうと思われるだろうが、そういうせいとはが私の塾に来るのは私から勉強のテクニックを学ぶためばかりではない。私と話すことがとても面白くて、私の人間的魅力にひかれて六年間來たのである。彼らとは卒塾後もお付き合いをして彼らが成長していく姿をみるのが私の楽しみである。
今までいた塾の場所は日当たりが悪く、夏は暑く、冬は寒いところで風通しも悪かった。九月からすぐ近くの場所に塾を引っ越すことになるが、まだまだ私は若い人達に勉強を通していろいろと教えていきたいものだ。最近は昔の教え子の子供が習いにくるが、小さな子供はまことに可愛い。大事に教えてあげたいものだ。


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