<< 京都大学吉田寮とは | main | 久留米附設の抱える不安 >>

戦後の平和外交も変わり目が来た

政治 2015.08.04 Tuesday msophia

「日中間の問題はあくまで外交で解決すべきだ」という主張がある。日本共産党がそうだ。彼らは安倍首相と習近平国家主席の話し合いで問題を解決できると思っているようだ。共産党は外交の本質を理解しているとは思えない。たとえ理解したところで、彼らに真の外交はできないだろう。外交は政権を取らねばその難しさが分からないからだ。

 外交とは相互の問題を抱えた相手国との話し合いではない。相手国ではなく、その他の国をどう自分の味方につけるかが外交の本質ではないか。具体的に言えば、日中間の諸問題を有利に解決しようとすれば、日本が米国や欧州、東アジアの国々を自分の味方につけられるかどうかがだろう。国にまともな武力があるかどうかは二次的な問題だろう。

それは夫婦げんかをしたとき、なぜ、たいてい奥さんが勝つかを考えてみれば分かるだろう。奥さんが勝つのは、旦那さんを口でまかすのが上手だからか。それもあるかもしれないが、本質はお嬢さんや息子、ときにはペットの犬までもが奥さんの味方をするからだ。どんなに稼ぎのよいお父さんでも多数には負ける。同じくあの陰湿ないじめに勝つには味方を増やせば切り抜けられる。簡単な謂い方だが、味方が多ければ心配せずに国際社会でも生きてていけるだろう。お金持ちだからとか、腕力があるとかで物事が円滑に進むことはない。人の心をつかむ外交がひつようである。

日本の戦後の外交はあの吉田茂首相以来の平和外交路線を踏襲している。日本外交は恫喝されても、ぐずられても、ことを穏便に収めようとする努力の外交であり、受け身的、かつ消極的外交である。韓国があれだけ世界遺産登録で横やりを入れても決して韓国を誹謗せずに、されたい放題の体である。吉田首相は戦前から外務省のエリートであり、中枢的な人物であったし戦前も軍の横暴に負けずに戦った平和主義の人物であった。まさに現在の平和憲法の強烈な支持者であった。サンフランシスコ条約締結に奔走したのも吉田茂首相だった。かれの平和路線は当時の時流に乗ったものであった。米国に軍事は完全にお任せして、戦後の経済復興に重点を置いて日本を回復させた人である。彼の路線が、池田首相、佐藤栄作首相と受け継がれ現在の経済大国日本ができたと理解してよい。現在の憲法を受け入れたのはそういった政治的な背景があったのだ。

吉田首相は経済を回復させるにはサンフランシスコ条約締結によって、仲間を作り昔の敵国と仲良くなり、損害を与えた国々への賠償金も少なく支払うことで日本の経済を回復させる路線を強いた。ただ経済グロバリゼイションのために今や日本経済の安定成長はなくなり、日本の大企業は海外へ安い人件費の労働力を求めて日本を離れていく。そして大企業は大儲けをしている一方で、国内に取り残された普通の人達は経済的には疲弊するばかりである。昔ではありえない経済現象が日本で起きている。更に、いつ何時日本政府がどこかの外国政府のうまい投資話に騙されて国の財産を奪われるかもしまうかもしれない。国際レベルで振り込め詐欺がおきてもおかしくない時代だ。

こういう状況で、これからも吉田茂首相の平和外交路線が続けていくことができるかどうかが日本に立ちはだかる問題である。武力に勝る中国はフィリッピン、ベトナムと島の領土紛争を行い、今勝利しつつある。腕力でねじ伏せれば弱い相手はひれ伏すことを学習した中国共産党は、必ず同じことを尖閣諸島でもするはずだ。戦前の日本がそうであったことを思えば、中国共産党の腹のうちは簡単に読めるだろう。共産党政府は今や日本を睥睨しているし、いつでもその気になれば好きにできるという自信があるはずだ。南沙諸島紛争は尖閣諸島紛争の練習だろう。弾薬さえまともに撃たない自衛隊陸上部隊は戦争などできないからすぐに負けるだろう。自衛隊の海軍が高質な潜水艦、空母を揃えておれば防げるという考えは甘い。人がぐじゃぐじゃいる人民解放軍は数で勝つのは明らかだ。

腕力の味をしめたら必ずまたそれを使う。これは子供でも知っていることだ。だからこそ、戦争せずに、共産党政府率いる中国を国際環境から孤立させて反省させなくてはいけないが、平和外交しか知らない日本にそういったことはできないだろう。安倍首相は積極的平和主義を取って中東の機雷除去活動をするというから、中国共産党は馬鹿にして笑っているだろう。中国は安倍首相の度胸を試そうとして石垣島周辺に機雷をばらまくかもしれない。
 
安倍外交は米国や欧州、東アジアの国々を味方につける外交を展開してきた。ここへきて突然、安倍首相を訪中招待したように、中国がにわかに日本にすり寄ってきたのは、日米首脳会談で日米の結束が固まったのに加えて、第3国にも対中批判が高まって、中国は疎外感が高まったからかもしれない。しかし、今の中国はその程度で引くような国ではなくなった。まさに、積極的に外交政策をとろうとしている。腕力も使うし、お金もばらまき、相手にすり寄っては、懐柔をしながら、また腕力を振るう。非常に外交が巧みになった国へと変貌したことを私たちは理解しなくてはいけない。

憲法九条をめぐる議論では話しが先へ進まないことは明白である。問題は今の世界でどうやって生き抜くのかを国会で論じるべきである。国会は憲法学者が憲法の解釈をするための場ではない。世界や、中国は変貌したのだから、世界や、中国とどのようにして付き合うのかをまともに論じるべきである。喧嘩、人殺しをする傾向をもつ人は社会から疎外されことを中国共産党に教えるべきである。人殺しを初めから望む人はいないはずだし、人間は孤立を最も恐れるから。
JUGEMテーマ:日記・一般


  • Yahoo!ブックマーク
- | -




qrcode