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露見した朝日のでたらめ

社会一般 2014.08.09 Saturday msophia

朝日新聞が従軍慰安婦の記事に関して吉田証言なるものを「虚偽」と訂正したが、従軍慰安婦じたいの存在に関しては否定していない。かの吉田証言が従軍慰安婦論の根拠であることは衆目の一致するところであるが、従軍慰安婦の概念否定をしようとしない、大新聞朝日は何をおもうのか。
朝日の戦後の傾向は進歩主義を標榜し、マスコミの中核との自尊心は強く、他新聞を圧倒する優秀な記者を抱えていた。かの有名な天声人語の深代淳郎氏などは、評論家を圧倒するほどの文筆家であったし、彼が書いた天声人語は受験の素材として活用されていたほどの評価が高いいものだった。
朝日ジャーナルも今から思えばまさに当時の進歩主義者の思想を世に問う雑誌であり、内容は高度なものを含み、作者たちの思想に共鳴した若者も多かった。私が大学生の頃は、朝日ジャーナルを小脇に抱えて電車にのり、車内で読むのが「インテリの証」とさえ思われていた。
朝日の社説、文芸評論は内容が優れていたからこそ、読者の賛同をえていたはずだ。私が朝日を読まなくなったのは
大学闘争時代の朝日がとった学生を扇動したときの、偏向的な記事が引き金であった。朝日は大学立法で学生運動が沈静化させられると、扇動記事を書きまくった自分のことは置き去りにして、新しいマスコミ新聞に生まれ変わってしまった。
マスコミの理論形成の中核的位置は逃したくなかったから、そうなるのも理解はできる。だが、朝日新聞も人間集合の企業体であり、法的には法人であり、一人間と何も変わらないいものである。過ちを犯せば過ちを償わなくてはいけない。今からもずっと生きていこうとする法人が過ちを犯したら、法人解体をしない限り死なないのだからこそ、明確に自己批判を済ませなくてはいけない。大学闘争時代に自己批判、アイデンティティ、大学改革、発展的理論形成、旧体制打破といったあふれるほどの革新的な言葉で学生を刺激した朝日は自己批判もせずに、普通の新聞に変貌を遂げたかっただけか。自己批判もしなかったからこそ、自社社員が狙撃されたかの忌まわしい事件を忘れたのか。
甲子園野球は朝日のバックアップで行われるが、今回は中止すべきである。さもなくば、社主が甲子園で祝辞をする際に「今までの朝日の無責任報道に謝辞をするべきである」。
朝日の中核たる編集社員は即刻辞表を出して辞めるのが当然であろう。朝日はとっくに終わってしまっていた見かけだけはでかい、中身がないマスコミ新聞に成り下がっていたことを痛感しているのは、社員のはずだ。朝日再生は極めて困難を極めるはずである。
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