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子供が数学ができるようになるためには

教育 2013.02.16 Saturday msophia

以下の記事は脳生理学の専門家の「数学がどうしたらうまくなれるか」というお話である。私も数十年子供たちと勉強をしてきたのだが、数学が解らない子供には手を焼いてしまう。特に、最近では私の塾は大学受験生を相手に見ているから、「既に手遅れ」だと思わされる生徒さんもいる。「計算力」「集中力」「図形問題で求められるカン」「確率問題解答力」が弱いと、やはり「良い結果」が出ない。

数学ができると点数が大きいいだけに、正にメインの教科である。理系ではこれができないと、合格の道は閉ざされたままである。数学とは論理的な思考形成を育成するには最も適切な道具といえる。文理を問わず数学はできないと、文系の人も先々で困るはずである。

数学ができるには、計算力が基本、そして高校生になると、論理的な思考力が必要となる。「小学時代は天才で、中学時代は秀才で、高校時代はタダの人」と言われる人がいるが、この種の人は、高校1年、2年にかけて数学が苦手になる人である。中学までは、詰め込めばボロは出ないが、高校では詰め込み学習はできないのである。私は、高校数学は抽象的に考える頭が必要だと思っている。知らず知らずのうちに、算術頭から、論理思考ができる頭に変化していくのが理想である。自分なりに筋道立てた思考が必要になる。

公文算数塾という有名な計算鍛錬塾があるが、あそこで算術を鍛えても、必ずしも数学がうまくなるとは限らないと私は思う。むしろ、やりすぎると数学の抽象性、思考性との面白みにきづかず、いつまでも算術力に頼る勉強になる可能性がある。私の教え子にも「公文大好き人間」が数名いたが、彼らは高校生になっても公文に通塾していた。確かに、彼らの算術能力は凄いものがあったが、式を自分で組み立てなくてはいけない問題になると、コロッととけなくなったり、論証問題は苦手とする弱点を抱えていた。微分積分の面積、体積といった比較的単純な計算問題には強みをみせるが、空間ベクトル、確率と数列、種々の数列問題、整数問題となると、意外にできないから私も不思議に思ったことがる。数学を型にはめ込んで機械的に処理する訓練をすると、頭の働きが偏ってくるのだろう。この「偏る」という現象が行き過ぎると「適正な、バランス」をもつ頭の成長が阻害されるのではないかと、私は懸念するのである。私が教えた公文大好きで、そして数学も好きだと自認する生徒たちは、京大理学部(男子)、東大理供塀子)、防衛医科大(女子)と合格したから立派ではあると思う。

私は元来が恐ろしく数学ができるタイプでもない。それでもそこそこ教えてこれたのは、自己努力のおかげだと思う。日ごろから、粘り強く、しっかり考えるという思考回路をつくっていけば、大人になっても数学は解けるようになるのではないかと思う。ただ、数学は嫌いだとか、苦手だという感情が強い人は、冷静に解けないから得意にはなれないだろう。一人で、こつこつと楽しく解いていけば、得意になれると思う。私は生徒が説いた解法が間違っていることを証明する方法を考え出すまでに1週間考えたこともあった。数学をすれば、私的には、満足のドーパミンが生じて心地よい気分になるのである。今でも、暗算は計算機並みに速いが、最近確率問題を解くのが苦手になりつつあるのは、認めざるを得ない。樹形図を描くのが面倒臭くなったということだろうと、思う。このへんは、年のせいではないかと思う。ああでもない、こうでもないといろんな思考回路をめぐらしていく面白味は、年齢に関係なく数学にしか味わえないものではないだろうか。

数学は、文系理系を問わず非常に重要な科目である。大人になって、難しいことを考えるときには必ず無意識に三段論法をもちいるものだ。三段論法が身に付かない人は、短絡的な思考回路しかないから危うい行動をしてしまうだろう。AならばBである。BならばCである。よって、AならばCであるという三段論法は数学のみならず社会の中でいきる人間の根幹的な思考回路であろう。男女を問わず数学的思考はみにつけるべきではないかと、私は思う。

女性は数学嫌いな人が多いのは、不快なものはしたくないという、女性の持つ脳の指令が原因だろうか。しかし、最近は、女子生徒の医学部志望者の増加率は高くなっている。数学は嫌いだとか言えないのが現実である。女子が本気で数学に取り組むなならば、女性特有のやさしさ、たおやかさ、きれいなもの、心地よいものへの指向も抑えなくてはいけないだろうか。私の塾で女性であって国立医学部、東大理系へ入学できた生徒は合計6名。昨年、惜しくも九大医学部には失敗したが、鹿児島大学医学部に後期で合格した東明館のYさんは、附設の男子並みの能力をもっていたし、稀にみる秀逸な女子生徒だと私は思った。附設にいれば九大医学部には合格していたと思われる逸材だった。彼女のお母さんに「小さいころから幼児教育されましたか」とたずねたら「まったくしていません」と、返事が返ってきた。田舎で育ったそうで塾もないし、いわんや幼児教育なぞあるはずもない環境だったらしいのだ。飛んだり、跳ねたりして普通に遊ぶ女のこだったそうだ。

「そういう子供は持ち物がいいのだ」というのが一般的な見方になるだろうが、「もって生まれた才能は開花するとは限らない」。むしろ、成長を阻害するおそれさえある。まさに、高校生ではただの人になるのが多数であろう。Yさんのタイプは、意外と小さい頃は目立たずにいて、中学2年、高2年から加速度的に頭が成長するようだ。そしていつのまにか、トップレベルに行くようだ。親も気がついていないし、本人も自分の成長に気づいていない。しかし、私からみたら、「この子は頭がいいな」と見えるのである。頭のよいこはどこが違うかというと、教科書での基本の理解の早さと深さに際立つものがあり、そのあとに応用ができるところである。次に、解くときに細かい点に気が回るし、問題解答を理路整然とできるということだろう。どうして、それができるようになるのか、一番の関心事であろう。私も、成長していく頭を外側からみることはできても、内側からみることはできないから、思考回路の形成過程は分析することはできない。

今年九大医学部に合格した男子生徒は、久留米附設で1番を取るほどに伸びてくれた。中学1年から週に1度だけ英語、数学を3時間で教えたが、中学の頃は30番程度だったと聞いている。成績は徐々に上がり、高3になると、常にトップ3を占めていたらしい。お母さんも「こんなに良くなるとは思っていませんでした。確かに、真面目な子ではありますが、、、」と言われていた。パズル、将棋といったじっくり指向型の遊びが好きらしくて、バーチャルゲームには関心が薄いらしい。公文は通ったことはなくて、幼児教育は少し施したとのことである。彼の父親は医者であり、数学は得意だったそうだ。しかし、卒業された大学は私立医科大学とのことだから、多分数学だけはできていたタイプのお父さんだったのだろうか。


最近は、幼児教育が盛んであるが、果たしてどの程度の効果があるのか、怪しいというのが私的な見解である。野山を駆けずり回ったり、水遊びをしたり、体を全部使った遊びをするとか、ともかく体を小さい頃は動かすほうが神経は発達するはずである。幼児には教育といったカテゴリーが必要なのではなくて、体を使う遊びが必要ではないだろうか。積み木遊びで立体空間の認識が強くなるだろうけど、空間図形が解けることにはならない。後者は、紙と鉛筆で平面の上に描く立体図形、前者は正に立体の実物だから、次元が異なる。2次元と3次元の世界の違いは幼児にわかるはずもないし、積み木学習が高校生になって学ぶ平面上での空間図形の理解に寄与するこもないだろう。


面白い話がある、九大医学に附設から現役合格した一人の男子生徒は、姉さんがいつも横でお母さんに九九を言わされているのを聞いているうちに、3歳だった弟の彼もも九九を口でいえるようになったそうだ。本人が言うには、何度も何度も九九を言わせている、お母さんがとても怖く見えて、覚えてしまったという。彼は、結構のびやかに数学が解けるタイプの生徒で、自分流に解いていけるひとだった。幼児時代は伸びやかに育ったことがうかがえた。大学に合格したとき、「怖いお母さんとこれで離れることができるのが、とても嬉しかった」というのを聞いて、ともに笑ったお覚えがある。こちらは、小学1年から公文で鍛えられたと聞いている。早期の鍛錬が効果があった一例かもしれない。


人間は、体を動かしながら思考もする動物であることを、肝に銘じておかないと似非教育者に痛い目にあわされることにもなりかねない。解けないときは、頭をかいたり、指をうごかしたら、貧乏ゆすりをしたりするのが、人間らしいのである。お行儀が悪いとしかってはいけない。むやみにしかれば子供の頭には不快なホルモンがでて、勉強を嫌いになる。おだて過ぎてもいけない。子供はあまりおだてると「自分ができないことを認めたくないために」難しいものを考えなくなり、レベルの高いものへのチャレンジ精神が減退する。小さいい頃の天才が伸びきれない理由はこのへんにもあるのではないか。むしろ、「もっと頑張ると、いいね」と励ますほうが、子供は意欲をかきたてられるのである。この「ほめる、励ます」の使い分けが親にとっては難しいのである。早熟な子供をそだてるのはかえって難しいのである。小さい時に「物覚えが早いお喋り上手な」な子供は、えてして頭が良いといわれるが、案外、後で数学嫌いな子になる場合が多いのも、検証する価値があるだろうと思う。

以下の文章は、専門家がいろいろ分析をしているが、何か参考になるものがあるだろうから、よんもらいたいものである。ただ、解答はでないであろう。脳は怪しげで複雑なものだからである。





■問題を解くとき、脳の複数の箇所が稼働

 世の中には、幼くして方程式が解けたり、微分積分を理解できたりするスーパーキッズがいるという。一方で「数字を見るだけで頭が痛くなる」というような算数嫌いの子も存在する。算数ができる子とできない子は何が違うのだろう。そもそも生まれつき脳に差があるのだろうか。MRIによる脳画像分析のスペシャリストで「脳の学校」代表の加藤俊徳氏に、その違いを聞いてみた。

「算数ができるかできないかは、生まれつきの能力の差ではありません。訓練すれば誰でもできるようになるのです」と言う加藤氏。「うちの子は算数ができない」と嘆いている親にとっては朗報だが、ではいったいどこで差がつくのだろうか。
「ポイントは、脳の中に問題を解く回路ができているか、そしてそれが太いかどうかです」
 加藤氏はまず、算数や数学の問題を解く際に脳の中でどんなことが起こっているかを説明してくれた。

「算数の問題を解く際には、脳の複数の箇所を使います。脳には大きく分けて、前頭葉、後頭葉、頭頂葉、側頭葉がありますが、それぞれ、運動、視覚、聴覚、記憶など人間が生きていくうえでのさまざまな活動をつかさどっています。脳の中にも、いわゆる『役割』というものがあるのですが、現在の研究では、算数や数学のいろいろな問題を解くときに、脳のどの箇所を使っている、と特定はされていません」
 たとえば国語が得意なら、言語や感情をつかさどる部分、美術が得意なら視覚をつかさどる部分を主に使う、というようにある程度特定できるが、算数や数学の場合は、そうではないらしい。
「脳の損傷研究でわかっているのは、脳のどこが壊れても、ちょっとずつ算数や数学の能力が下がるということ。つまり、算数や数学の問題を解く際には、脳の複数の部分を同時に働かせていると考えられます」

 そこで加藤氏は、二つの脳の図を描いて説明してくれた。
「Aが、悩んでいるとき、Bが楽に解けるときの脳のイメージです。初めて問題が出されたとき、脳の中ではああでもない、こうでもないと思考がさまざまな箇所を巡って答えを導き出そうとします。これがAの脳」
 問題を解くためにはどの部分を使えばいいかまだ絞り切れていない状態です。
「一方で、楽に解けるときの脳では、脳のどの箇所をどの順番で使えばいいかが特定されています。そのルートが出来上がっているので、Bの図のようにスムーズに思考回路がつながって、解答が出せるのです」
 なるほど。これが先ほどの「問題を解く回路」というわけだ。


■何度も解くと簡単に解ける理由

「解けない問題が解けたとき、カチッと何かがはまったような感じがして、すっきりした経験があるでしょう。これが、回路がつながった瞬間なのです」
 一度解いた問題をもう一度解いたときに簡単に感じられたり、前より短時間で解けたりするのは、この回路が出来上がっているからなのだ。Bの脳では、脳に負担がかかっていないクールな状態。脳は無駄なエネルギーを使わなくて済むのである。一方で、Aでは脳の中で思考の試行錯誤が行われているので、かなりの興奮状態だ。
「問題が解けなくてどうしていいかわからない、頭の中がふわ〜っとなるような感じが、まさしくAの状態なのです」

 この回路を専門的に説明すると、神経細胞同士がネットワークを形成していくということ。約千億個以上の神経細胞がある脳は、細胞同士が集まって思考の中枢となっている神経細胞と、その神経をつなぐ連絡線維の二つで構成されている。脳が適切な刺激を与えられてさまざまな情報を吸収していくと、それまで未発達だった神経細胞と連絡線維は、樹木の枝が伸びるように他の細胞とつながっていく。使われることで回路は太くなり、より楽に問題を解けるようになる。

「必要な脳の箇所同士が連携して回路が太くなると、問題を解く際に二つのいいことが起こります」
 と加藤氏。ひとつは、「応用が利く」ことだという。
「ある問題を解く回路が確立できれば、それに類似した問題が出された際に、おおよそどこの箇所を使えばいいかが推測できます。基本の回路ができているので、そこからちょっとはずれるだけでいい。新しい問題に出合って、まったく知らない問題を解くときに試行錯誤するのとはわけが違います」


■パッと問題が解けるのは集中している証拠

 もうひとつが「集中力の向上」だ。
「回路がつながっていない頃や、つながりたての頃は、回路をつなぐパイプが細い状態。短時間で情報を運ぶことができないため、なかなか解答にたどり着けず、問題を解こうとする気持ちが散漫になりやすい。しかし回路を繰り返し使うことでパイプが太くなると、一気に多くの情報処理が可能になり、集中して問題を解くことができます」

 それではわが子もこの回路を強化していけば、スーパーキッズのようになれるのか。
 しかし、「この回路を強化するのが難しい」と加藤氏。それは、脳のある性質が関係している。
「脳は、ある回路を通って心地よいと感じたら、もう一度同じ回路を通ろうとします。でも、嫌だと思ったら二度と同じ道を通りたがらないんです」

 問題が解けるというような成功体験は脳にとって気持ちよいものであり、もう一度同じ道を通ろうとする。しかし、同じ「解ける」でも、その子のレベルに合っていないものを無理にやらせたり、お母さんから「この問題を解けるまで遊びに行っちゃダメよ!」なんて言われながら嫌々解いた場合には、たとえ解くことができても、脳にとっては苦い印象を与えてしまうのだ。
「誰かとご飯を食べて楽しかったら、また一緒に食べたいと思うでしょう。それと同じ法則が脳の回路にも当てはまるのです」

 脳の回路を強化するには、何度も同じルートを通ることが必要。そのルートを何度も通らせることができるかどうかが、優秀な子とそうでない子の分かれ目だというわけだ。子供が「楽しい」と思うような環境づくりをすることが、解ける回路をつくる第一歩かもしれない。
 算数や数学ができるようになる脳の仕組みがわかったところで、「回路をつくったり、強化する際にやってほしいことがある」と加藤氏。

次の記事は脳生理学の専門家の観点からかかれた記事ですが、総論としては当たっています。数学ができると、できないの差は進路を決定する重要なファクターだけでなく、人間の質的差異を決定するファクターだと思います。
最近では幼児教育も盛んなようですが、先行投資が果たして実を結ぶのか、先ででしか分からないですね。
30年以上子供たちの脳、人柄、人間性を見てきた私は、学者のような立派な総論は書けないですが、「練習に勝るものはない」英語で言えば、Pracice makes perfect.と一言でいうことができると思います。

私は日頃から、女性はどうして数学嫌いが多いのか?疑問に思ってきましたが、永遠の謎でおわりそうです。
女性は多分、数学をするときには集中できないのではないでしょうか。女性の脳は同時に心地よいことを考えたり、いやなことを次々連想するのは得意?ですが、無味乾燥な数学は集中できないのでしょう。




■頭の中だけで考えても答えが出ないなら……

「それは、手を使うことです」
 答えがわからないときは、脳のどこを使えばいいか迷っている状態。その際に、頭の中だけで考えるより、指を折って数えたり、図に描いたり、式に起こしたりすることが大事だという。
「解けないときには、思考が脳の同じ箇所だけをグルグルと回っていることもあります。そのときに手を動かせば、思考を違う箇所に動かすことができるのです」
 算数ができる子は、わかっていることをすべて書き込んだり、文章を図示化したりする。これは、脳にも刺激を与えているというわけだ。


■答えがどこで間違ったかを把握させよう

 最後に、算数で育まれる力について一言。
「人間は生まれると『周りの人はこうしている』とまず他人を認識し、その後だんだん『自分はどうなのか』と、自分を確かめるようになります。算数で一番育まれるのは、前頭葉で発達するこの自己認識能力だと思います」
 算数には必ず答えがある。問題を間違えた場合、自分がどこで誤ったかというプロセスを計算式の中で確認できる。それを認められる子は、どんどん成長していける。
「答えが間違ったという事実だけを意識する子は、それ以上先へ進めません」
 算数で間違いを把握する作業は、自己認識能力につながるものなのだ。
「親は、子供が算数の問題で間違えた際に、どこでどんな間違いをしたかを子供自身が把握しているかにも気を付けたいところです。問題が解ける、解けないで一喜一憂することよりも、この問題を通して、子供の自己認識能力が成長しているんだ、と考えてみてはいかがでしょうか」


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加藤俊徳●Toshinori Kato
JUGEMテーマ:育児


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