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粘り強い学習を身につけさせたいが

教育 2014.07.25 Friday msophia

30年以上も受験指導をしてきたが、指導するのに一番厄介な子は、頭はよいが勉強はしたがらないタイプである。

こういう子は頭には問題はないが、勉強はしたくないという強烈な負のモチベイションが頭にビルトインされている

かの如しというほどに、勉強をしたがらない子である。

世の中にはいろんな人間がいることを確認しなくてはいけない。

一を聞いて半分も分らない人。一を聞いてそれ以上は進まない人。一を聞いてそれを専ら消化吸収する人。一を聞い

てすぐに分る人。一を聞いて馬鹿にする人。一を聞いて分るが興味を持たない人。

若い人は自己評価がおとしめられることが恐怖である、特に自信家の若者がそうである。

この手の人が学習には誠に不向きなタイプである。上の例で言えば、一を聞いて直ぐに分る人、一を聞いて馬鹿にす

る人、一を聞いて分るが興味を持たない人、といったタイプだろう。頭がいくらよくても粘りがない子供は大成しな

い。学習は飽くなき粘りの精神が基本である。

親は子供に立派になって欲しいから、いろんな成長刺激を与えようとする。特に,一を聞いて直ぐに分るタイプの子

かどうかは、親は日常生活の中で気付くだけに、もっと成長を期待して吸収の良い子には必要以上の成長刺激を与え

る危険性がある。

今の日本の教育傾向は、公立脅威kに信頼感が持てない経済的に恵まれた家庭は、子供の教育に先走っている嫌いがあ

る。幼稚園児になると幼児教育を施し、小学校に入ると受験塾へ通わせ、さらには、スポーツ塾、ピアノ、バイオリ

ンの練習もさせる。教育熱心な家庭では、公教育に入る前に、教育されてしまった子供にしているのである。

こうなると、妙な自信を持った子供がすでに小学1年生のなかにいるわけで、平等教育を標榜する公教育では、そう

いう子供は扱いづらいはずだ。

そういう子供は自分を「できる子」だとみなすから、学習の壁にぶち当たった場合が、誰も助けられない子供になっ

てしまう恐れがある。先行投資で育てられた子供には本当の自学自習という癖がついていないから、実は、そういう

子供は一生面倒をみてもらう家庭教師が必要なのだが、日本の親は一流私立中学にいれさえすれば、もう大丈夫とは

やとちりしてしまう。

過保護に教育された子供が、突如として自学自習の人間に変貌できるはずがないのに、親はもう大丈夫だと確信する

る。粘りのある、向上心をもった子供に育ってほしいと、親は期待するが、当の子供は、進学校に入学すると、学校

の教え方に面食らうのである。

久留米附設は自学自習をモットーとする学校であるから、問題集の解答は生徒に配布する。すなわち、先生は根掘り

葉掘り指導しないで、自分で勉強させるし、宿題は解けないようなプリントでしごかれる。英進館のようなサービス

いっぱいの学習はない。自立心が育ちそこなった子供は当初からついていけなくなる。

しかも、そういう子供たちはプライドが高いし、本当の意味で勉強が好きでない場合があるから、勉強を粘り強く

続ける気力が乏しい。教えられてそこまで育った子供は、有難味がないために、あっさりと勉強をしなくなる。

先行投資の子供にはこういったリスクがあることを忘れてはいけない。

日本でも小、中、高、大学一貫の学校がもっと必要になってきたということだが、久留米のような田舎ではそれも

望めない。田舎では理想の教育が受けられないということである。慶応大学では付属高校から来る生徒の中に優秀

な人がいるが、そういう人たちが慶応の教授になり、後輩を指導するというシステムができている。大学から入学

する人は完全な慶応義塾生とはみていない。一面、保守的なやりかただが、確かに、筋が通ったエリート養成法だと

思える。



30年以上も受験指導をしてきたが、指導するのに一番厄介な子は、頭はよいが勉強はしたがらないタイプである。

こういう子は頭には問題はないが、勉強はしたくないという強烈な負のモチベイションが頭にビルトインされている

かの如しというほどに、勉強をしたがらない子である。

世の中にはいろんな人間がいることを確認しなくてはいけない。

一を聞いて半分も分らない人。一を聞いてそれ以上は進まない人。一を聞いてそれを専ら消化吸収する人。一を聞い

てすぐに分る人。一を聞いて馬鹿にする人。一を聞いて分るが興味を持たない人。

若い人は自己評価がおとしめられることが恐怖である、特に自信家の若者がそうである。

この手の人が学習には誠に不向きなタイプである。上の例で言えば、一を聞いて直ぐに分る人、一を聞いて馬鹿にす

る人、一を聞いて分るが興味を持たない人、といったタイプだろう。頭がいくらよくても粘りがない子供は大成しな

い。学習は飽くなき粘りの精神が基本である。

親は子供に立派になって欲しいから、いろんな成長刺激を与えようとする。特に,一を聞いて直ぐに分るタイプの子

かどうかは、親は日常生活の中で気付くだけに、もっと成長を期待して吸収の良い子には必要以上の成長刺激を与え

る危険性がある。

今の日本の教育傾向は、公立脅威kに信頼感が持てない経済的に恵まれた家庭は、子供の教育に先走っている嫌いがあ

る。幼稚園児になると幼児教育を施し、小学校に入ると受験塾へ通わせ、さらには、スポーツ塾、ピアノ、バイオリ

ンの練習もさせる。教育熱心な家庭では、公教育に入る前に、教育されてしまった子供にしているのである。

こうなると、妙な自信を持った子供がすでに小学1年生のなかにいるわけで、平等教育を標榜する公教育では、そう

いう子供は扱いづらいはずだ。

そういう子供は自分を「できる子」だとみなすから、学習の壁にぶち当たった場合が、誰も助けられない子供になっ

てしまう恐れがある。先行投資で育てられた子供には本当の自学自習という癖がついていないから、実は、そういう

子供は一生面倒をみてもらう家庭教師が必要なのだが、日本の親は一流私立中学にいれさえすれば、もう大丈夫とは

やとちりしてしまう。

過保護に教育された子供が、突如として自学自習の人間に変貌できるはずがないのに、親はもう大丈夫だと確信する

る。粘りのある、向上心をもった子供に育ってほしいと、親は期待するが、当の子供は、進学校に入学すると、学校

の教え方に面食らうのである。

久留米附設は自学自習をモットーとする学校であるから、問題集の解答は生徒に配布する。すなわち、先生は根掘り

葉掘り指導しないで、自分で勉強させるし、宿題は解けないようなプリントでしごかれる。英進館のようなサービス

いっぱいの学習はない。自立心が育ちそこなった子供は当初からついていけなくなる。

しかも、そういう子供たちはプライドが高いし、本当の意味で勉強が好きでない場合があるから、勉強を粘り強く

続ける気力が乏しい。教えられてそこまで育った子供は、有難味がないために、あっさりと勉強をしなくなる。

先行投資の子供にはこういったリスクがあることを忘れてはいけない。

日本でも小、中、高、大学一貫の学校がもっと必要になってきたということだが、久留米のような田舎ではそれも

望めない。田舎では理想の教育が受けられないということである。慶応大学では付属高校から来る生徒の中に優秀

な人がいるが、そういう人たちが慶応の教授になり、後輩を指導するというシステムができている。大学から入学

する人は完全な慶応義塾生とはみていない。一面、保守的なやりかただが、確かに、筋が通ったエリート養成法だと


思える。

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