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藩政と領民気質

教育と政治 2009.08.03 Monday msophia

3年ぶりに北海道小樽市を訪ね古い町並みを散策してきたが、何度訪ねても次回の訪問を自分で約束してしまう、好感度の高い町である。すしやカニなど食べたくなるものが沢山ある町だが、小樽市の人たちの素朴で誠実な人柄はとても惹かれるものがある。今回は2日だけ宿泊して町を散策してみたが、仕事柄街中で高校生の姿を見かけるとついつい地元福岡県の高校生と比較してしまう。第一に久留米や福岡市で見かける茶髪、金髪、ズボンずり下ろし、短いスカート、ぺちゃんこカバンといった、高校生らしからぬ学生が全くいない町ですね。人口は13万人の町だから福岡県の大牟田市程度の大きさはあるのだから、私が日頃からみかける非高校生の類も少しはいてよいとおもうが、ゼロである。


大学は小樽商科大学がありますね。福岡県の人達にはなじみの無い大学だが、商科大学というだけに英語はかなりしゃれた問題を出題する傾向があります。地獄坂という名称がついた坂を上りきったところに大学があり、そこからは石狩湾を望むことができます。日露戦争以来貿易港として栄えた小樽市の人材育成を担ったのがこの大学なのです。小樽市は戦前は神戸、横浜と肩を並べる貿易港だったのです。町並みは戦前の面影を強く残しつつ、徐々に近代化されている感じがあり、古さと新しさがうまく調和した町といえるでしょう。きれいなあの町並みを久留米市や福岡市でみかけるような高校生がいたら町の景観も壊れるでしょうね。


常日頃から思うのですが、福岡県の高校は数が多すぎます。少子化であるにもかかわらず公立学校は沢山あって、私立学校も多いでしょう。久留米の信愛女学院などは定員割れを生じているし、公立農業高校である筑水高校はとっくの昔から定員割れの状態です。甘木市にある町立三井高校の女子学生の電車のなかでのマナーの悪さはたいしたものですよ、眉がまともに残っている生徒がいませんね、そしてスカートは膝上20センチくらいです、しかもその短いスカート姿で対面するシートに足を上げて座るのですからたいしたマナーです。彼女達のカバンの中は空っぽでしょうね、彼女達の話している話題は勉強以外のことばかりで、何をしに学校へいっているのだろうと思います。小樽市にはあの手の高校生はいませんね。高校生らしい子達しかいないんです。


いつから、私がいつも見る高校生はああなってしまったのでしょうか?私の塾にはそういう生徒はいませんが、街中ではとても多くみかけます。第一の原因として考えられるのは福岡県は躾がほどこされていない子供達が多いのじゃないかなと、私は思います。福岡県は明治維新時に柳川藩、有馬藩、黒田藩、小笠原藩の4藩がまとまって福岡県がつくられたんですけど、柳川藩の立花家は10万石といえども、立派な藩政が行われたそうです。しかも、立花家には暗愚な藩主が一人も出ずに、明治維新への移行も速やかに行われたようです。柳川では今も立花の藩主を敬愛する気持ちが根強く残っていると聞きます。柳川の町を訪ねてみると古きよき町のたたずまいが残っていますよね。柳川の人たちは子供の躾も上手にやってのけているのではないでしょうか。


有馬氏は久留米に入藩したとき治世に苦労したそうです。新しく領民にされた人たちの抵抗が強くて、石高は20数万石とはいうものの実際の取れ高は30万石あったのです。だが納入石高は思うように取れなかったそうそうです。当時の在郷地主以下百姓達の反有馬の姿勢の強さが窺えます。逆に言えば、有馬の藩主 統治にかかわる武士が人徳なく領民の共感を得られず、領民の躾ができずに手を焼き、あげくの果ては商人に多大の借金を重ね、領地を商人や地主に担保として奪われていったのです。実は財政支援をした者の子孫の一人がこの私です。こういう環境では人々の間に「権威を舐め、躾もされない、型破りな人間」が育っていったのではないでしょうか。久留米商人はかの近江商人に負けないくらいの評判の商才レベルを持っていたらしくて、「街中の商家が1軒潰れれば、赤飯炊いて喜んだ」とういう言い伝えがあるほどの厳しい商いをする商家が多かったそうです。また、「久留米商人が歩いた後にはぺんぺん草も生えず」という言葉も同じく久留米商人の気質を示しています。ともかく、現在の久留米市内では柳川のように有馬藩主をたてまつり感謝をする意識がないのです。そして有馬の元家来衆の子孫にもないのではないでしょうか。有馬初代は家康にごまをすりすり大大名になっただけに、権威がなかったのでしょう。その一方、権威に囚われず、自由な発想で業を起こし成功した人が久留米市には多いのは江戸時代、いやそれ以前の戦国時代の100年間の無法地帯筑後の国から生まれたのではないかと、私は考えています。石橋正二郎氏がその典型です。


話は戻りますが、小樽市と久留米市で見かける高校生の有様の違いは「それぞれの町が持つ歴史」が原因ではないかと、私は思います。東北地方、日本海に面する県を訪ねてみると、躾のよさそうな生徒達を街中でみかけることができます。福岡県の北九州の高校生は昔から躾が良い生徒が多かったですね。私の恩師であった林六郎先生が懐かしそうに言われていましたが、「小倉高校の生徒達のマナーの良さはすばらしかった」そうです。戸畑高校の生徒達が修学旅行で見せるマナーのよさも、町行く人たちが足を止めるほどのすばらしさだったそうですーこれは、東京に住む私の知り合いが言った言葉です。こういうエピソードがあるのも小倉の治世を行った小笠原氏が立派な躾教育をおこなったせいではないかと思います。久留米市や博多のように商業が発達すれば自然と躾は悪くなっていくのでしょうか?なんとなく私はそう思えてきます。商人の合理主義的な考え方がいつしか町の人たちのの価値観に影響してくるのでしょう。久留米は商業と農業が中心の町で有馬氏の武士としての治世の影響度が全く感じられないユニークな町で、商人の影響力が強い点は大阪市、博多に似ているようです。しかし、躾は行わないと私は緻密な頭をもった子供は育たないと思います。

来る選挙の民主党のマニフェストの1つに、高校授業料無料がありましたが、私はとんでもないと思います。本当に勉強をしたいが、経済的な理由で授業料が払えないでいる生徒だけを助けてあげればよいことで、私が久留米市内、福岡市内で見かける「変てこな高校生」へまで貴重な税金のばら撒きは必要ないと思います。鳩山代表はもっと見るべきところを見ないといけないでしょう。票が欲しさ一心のばらまき政策はすべきではありません。


現在の久留米附設、昔の明善でも八女市内の出身の生徒は比較的できが良いのは柳川藩以来の躾のよさの差がでているのかもしれませんね。北九州予備校が厳しい管理授業を行いそれなりの実績をあげてきたのも、北九州の人たちの躾のよさをうまく活用したからでしょう。とにかく、いろいろと考えさせられた小樽旅行でした。次回は、冬の小樽を是非訪ねたいと思っています。
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