面白かったWBC

野球 2013.03.20 Wednesday msophia

WBCはとてexcitingで楽しかった。今回の試合は「たかが野球、されど野球」という、野村元監督の言葉をおもいださせてくれた。特に、第1戦の台湾戦が目を離せずに興奮させるものだった。昨日までに日本とアメリカがともに敗れて、WBCのチケット販売は伸びないそうだが、決勝戦は見れるならば是非見たいものだ。

私は昔は野球小僧だったから、今も野球がすきだし、ソフトバンクの試合に年数回足を運ぶ。また、あの山本監督が法政大学の4年で田淵とともに活躍していたのもよく知っている。法政の山本といえば当時から「プロ級の選手」であった。田淵が打たなくても、山本がドカンと打つから、わが母校慶応は当時はほとんど法政に勝てなかったのではないだろうか。山本、田淵、富田、そして名前は忘れたが好投手がいて無敵の法政黄金時代を築いた立役者の一人であった。敵方の法政の選手だった山本選手が神宮で打ったホームラン数は確か10本にみたなっかたはずだが、広島に入団後のスラッガーぶりは周知のとおりである。あの一流選手だった彼もしばらくの間、実戦から遠ざかったていたせいもあっただのろう、初戦はカンもさえなかったのかようだが、徐々に采配ぶりもよくなりつつあっただけに決勝戦進出目前で負けて実に悔しかっただろうと思う。

内川選手が負けて悔し涙を流している光景を見て、選手のテンションも高いし、勝利したかったのだとテレビを通して感じられた。プロの一流選手がああやって涙を流すあの光景が、誠に貴重なものなのだ。野球好きな人だけに限らず、見ていた人たちは感動をしただろう。

マスコミは山本監督、選手に批判的な記事をかいていたが、あの涙への素直な評価ができないとは、新聞記者たちの見る目のなさ、人間性の喪失度がよくわかり、今後私はますます新聞を読まなくなる人が増えると思う。感動というものを忘れた人間は「人間味がない」のであると、相当の読者が新聞記事にnegativeな見解を持ったのではなかろうか。日本の新聞記者の昨今の劣悪ぶりは、小沢政治資金問題の報道ぶり、前回国政選挙での民主党への肩入れ振り、経済記事や政治情勢分析のつたなさ、、、枚挙すれば暇がないほどある。新聞の時代は終焉しつつあると、記者自身も十分自覚はあるだろう。

ベクトルが下向きの新聞の話題へ話がにそれたが、選手の労を私は心からねぎらいたい。ご苦労さまでした。スポーツ選手は気持ちを早く切り替えて、また、今年も好ゲームを見せてほしい。今年のソフトバンクはナイスピッチャーが入団したせいで投手陣が安定するようだし、楽しみである。また、中畑監督率いるDeNAやはりセリーグのどん尻になるんじゃなかろうか。というのもどれほど打っても投手力が弱いと試合は負ける確率が高いからである。パリーグではオリックスが今年は強いように思われる。

下のURLはプエリトリコのロドリゲス監督が日本との試合を振り返り、インタビューで述べた言葉である。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/baseball/japan/2013/columndtl/201303180007-spnavi
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楽天イーグルズ ナニクソ魂の岩村明憲に戦力外通告

野球 2012.10.07 Sunday msophia

私はスポーツは大好きである。年に数度、ソフトバンクホークスのヤフードームへ足を運び、観戦にいく。

小学校の野球仲間が高校野球体大会夏の甲子園へ後一歩で出場を逃したときは、彼等と所属高校は異なる

とはいえ、実に残念な思いをした思い出がある。

小学校時代の私は野球をするために通学しているではないかと、言えるほどの「野球のぼせ」だった。

夏休みのころはボールがみえなくなるまで野球をしていた。小学6年のときは、町の5年生以下を引っ張り

チームを作り、他の町の連中と野球の試合をしたものだ。

昔は、町の兄ちゃんが弟分を引っ張りまわして、面倒をみるのが私の時代の町のルールだった。

中学生になると、私は年下の小学生の世話役から降りた。

私の兄が町の子供の世話役を高校生のときまでしていたのとは、私のやりかたは大いに違っていた。

しかし、中学3年のときに、他の町の連中が、長年私の町の子供が野球をして遊んできた場所に勝手にはいり

こんで、野球をしはじめたとき、一つ下のまとめ役が私に「ミッチャン連中を追っ払ってくれんね」と

私に頼み込みにきたから、連中を遊び場から追っ払い、一度辞めた世話役を、その後、中学3年が終わるまで

続けることになった。

高校生になって改めて世話役をおり、はれて大役から解放されたのである。

中学3年のときは、下の子供がいじめれれたら、いじめた連中に話しをつけにもいったこともある。

仲裁がこじれて、逆恨みされ年上の高校生からけんかをふっかっけられたこともある。

立場上しかたのないことだったが隙をみせてはいけないから、それなりに用心はしていたことを、

今になり思い出す。


なぜこんな話しになったかというと、私は大の野球好き。しかも、個性をもった選手が好き。

野球も見ていて、高等な観点から楽しむことができる。

実は私の好きな選手の一人、楽天イーグルズの岩村選手が戦力外通告をうけたの記事をみたから、この

前置きの長い話しをしたのである。

岩村は玄人受けのする実に優秀な、ガッツある選手だった。その選手がダイリーグ公式試合で2塁を守備中に、

一塁からの走者の猛烈なタックルで膝の靭帯を断裂、、、、、その後は戦力外通告。そして楽天で2年

プレーしても往年の力は戻らず、ついに戦力外通告をされた。

岩村選手の悲憤、慷慨は察してあまりあるものがある。名選手が大リーグのタックルプレーで選手生命

を終わらされたのである。先だって阪神タイガーズを自ら引退した城島も本塁へ猛然とつっこんできた

3塁走者のタックルプレーでまるで石ころがころがるおうに吹っ飛ばされたのを、テレビで偶然みたが、

ダイリーグは日本人選手はいかないがよいだろうと思う。ロッテの西岡もツインヅでショートを守備して

直ぐに走者のタックルプレーの洗礼を浴び、負傷退場。後は、鳴かず飛ばずで来年は日本球界復帰が

言われている。外野手、投手ならまだしも、二塁、ショート、捕手はダイリーグでは最も危険が伴う

守備位置であることを、日本人選手は肝に銘ずべきである。


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以下は、岩村選手に関しての、ウイキペギアからの引用である。

その試合の8回に二塁の守備についた際、一塁走者クリス・コグランの激しいスライディングを受けて左膝を負傷し途中退場。精密検査の結果、左膝前十字靱帯断裂と診断された。岩村は、即日故障者リスト入りし、6月22日に手術を受けた。当初は、2009年シーズン中の復帰は絶望視されていた[6][7]が、手術の際に部分断裂であることが判明。その後順調に回復し、現地時間8月29日のデトロイト・タイガース戦で9番・二塁手として復帰。2打数1安打2四球2得点とチームの勝利で復帰戦を飾った。翌日の試合では今季第1号をレフトスタンドに打った。試合後のインタビューで「今季はホームラン0かなと思っていたんですけど、打ててよかったです」とコメントを残した。

シーズン終了後の契約延長オプションは球団側が持っていたが、ジェシー・チャベスとの交換トレードでピッツバーグ・パイレーツへ移籍後にパイレーツがオプションを行使した。

2010年は開幕から打撃不振に悩まされ、4月21日のミルウォーキー・ブルワーズ戦で左中間への大飛球が凡打に終わると「この球場じゃなければ入っている」[8]、5月10日のシンシナティ・レッズ戦でも同様に左中間の大飛球が凡打に終わると「他の球場なら本塁打」[9]というコメントを残すなど、弱気な発言が目立ち、5月は40打席連続無安打を記録。打率は2割を割り込み、ペドロ・アルバレスのメジャー昇格に伴い6月16日にDFAとなり、22日に傘下のAAA級インディアナポリスへ降格。その後も移籍先が見つからず、9月6日に解雇された[10]。

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岩村選手が元通りの身体にもどることはまずないとふんだから、楽天も解雇したのだろう。

自分で選択して大リーグへ行き、負傷し、解雇されたのは、彼の性格からして全く後悔していないはず。

彼が悔しいのは、体が元に戻らないことであろう。真に、惜しい選手の解雇であり、日本球界にとっても

大きな人的損失だと私は思う。日本選手はDLには安易に行ってはもらいたくないものだ。

松坂しかり、和田は投げないうちに故障、松井は復帰不能の様子、、、、ロクナことはないのではいだろうか。

食事内容、野球文化、言葉、、、すべてが変わるアメリカは日本人選手には鬼門である。

例外は、野茂、イチロウの二人、そして、ダル、青木、斉藤、田沢ではないか。岩隈は来年通用するかどうかは

6分4分だろう。いくなら、子供の時からいくべきである。適応能力が全く違うから、成功して、かつ長持ち

する確立は高くなるだろう。
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