大阪産業大学のやらせ受験

教育と政治 2013.03.17 Sunday msophia

今回の件は入学生定員オーバーを防ぐ目的で行われたのが、特殊な側面をもつ。国の税金からお金をもらっていかねば運営が苦しくなるような学校法人はつぶれればよういが、実際はそういうことはすぐにはできないのは、分りきった事実である。原発をすぐに運用停止するのとは違うだろう。だが、慶應創設者福沢諭吉は当時一銭も国からお金をもらうことなく、学校運営をなしとげたのだから今の慶應があるのだ。現在の私学経営者はそういった気概もない、経営能力のない、そして、学校を私物化することに汲々とした人達が理事となり、学校経営をしている。そこに、根深い問題がある。あの田中真紀子元大臣が私学の認可を認めようとしなかったのも、こういった現実に我慢がならなかったのだろう。


税金の無駄使いがどれほど行われているのか、私にもわからないが、こういう事件が起きる背後をよく検証して、糧とすべきではないだろうか。文科省の役人は馬鹿ではないから(国家公務員試験では低位の成績だそうだが)、改善、改革のの鉈を振るうべきであろう。文科省の大臣がてきぱきとした指示をだせば、すぐにでも変わりそうなものだが、何もしないのが不思議である。よほどに、私学法人の経営者は政治家に「アメ」をやって飼いならしているのかと、勘ぐられても仕方ない。


とにかく、この手の事実が今頃ばれたと騒ぐのがピンとハズレである。うさんくさい理事たちが巣食う私立大学の付属高校では「母体の大学事務局」から半ば強制的に受験をさせられているのは常態化している。また、一方、付属高校に通う学生のなかで「レベルが高い生徒ならば、上の大学に行くつもりは全くない、腰掛学生である」。この生徒たちは、公立中学、高校の荒れる現実から一時的に逃避した人たちである。早稲田ですら慶應に51名合格、すなわちそれだけ腰かけがいたということ。今後選ばれる大学と、捨てられる大学の差はますます大きくなるだろう。


東京ならば、中央、法政、明治、青山へ通う生徒が、大学生になる段階で早慶を目指すのは一般的な現象である。6年間育てた生徒が、しかも「特に優秀な生徒」がけんもほろろに母校をすてるのである。捨てられる大学は「茫然自失」対策はない。早慶でも、東大への進学者には捨てられるから、この受験ヒエラルキーが崩壊しない以上、この種の現象に防ぐ有効な手立てはなかろうと思う。


今回の大阪産業大学はどの程度の偏差値評価を予備校にされているのかは、私はしらないが、50をやや上回るていどではないだろうか。九州では「九州産業大、京都には「京都産業大学」と類似のものが存在している。どこも、付属高校を擁する大型大学である。その内部の実情は、私にはわからないが、少子化で入学者の確保には苦労が多い偏差値レベルの大学かと思う。


大学は偏差値を維持しないと受験者が減少するのは、受験界の常である。河合、駿台の偏差値評定事務員に「おいしいお酒でももっていって、お食事でおもてなしでもするほうが」効果があるのではないかともう。まあこれは、冗談だが。予備校がまともな偏差値判定しないと、次には、予備校が批判されるから、偏差値改ざんはありえないということだ。


平成18年度から、大学でももっと少子化のBIG WAVEが押しせまってくるが、学校経営者はてれてれ遊んでいる暇はないだろう。相当の数の私立大学、私立学校が消失していくであろう。さて、そうやって消える大学は、すべて国の管理施設にされていくから、学校ががつぶれても、国は全く財布は痛まず、むしろ、財産がふえることになるし、公務員たちが施設管理者として仕事ができるから、いいのだろうか。これは、少々うがった見方であろうか?


学校法人は営業利益に課税はないかわりに、つぶれててしまえばお国のものになるという、シビアーな論理が背後にあることを忘れてはいけない。現在の短期大学、新設大学の教授、講師は学問研究する暇はなく、生徒獲得の営業で忙しいというのだそうだ。それじゃ、文科省は雨後の竹の子の如く新設大学を認可するのか?という大きな疑問がある。
官僚が何を考えているのか、いや、何も考えていないで、土建業が繁栄するように、業者と癒着している結果かもしれない。。。。世の中わからないことが多すぎる。国は財政が悪いのだから、どうでもいい大学への国の補助金は
カットするべきだろう。



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大阪産業大学(大阪府大東市)の2009年度入試を巡り、付属高への不透明な受験依頼と、生徒への謝礼が発覚した。大学と付属高校は入学する意思の乏しい生徒をあえて受験させ、多くは合格していた。こうした操作で門戸が狭まり、不合格になった一般受験生がいる可能性もある。「事実なら受験生への裏切りだ」と内部からも批判が出ている。【原田啓之、藤田剛】

 09年1月ごろ、付属高の教諭は成績優秀な生徒数人を教室に集め、こう切り出したという。「偏差値を上げるために受けてくれ。なるべく多く受けてほしい」。大産大経営学部への受験依頼だった。

 その時期、生徒の多くは推薦入試などで進学先が決まっており、経営学部を受ける必要はなかった。「どうせ暇やろ。勉強がてらに受けてほしい」。教諭は、合格すれば試験1回につき5000円を謝礼として渡すことも約束し、生徒らは承諾。3回ある一般前期の入試を全て受験した生徒もいたという。入試が終わった後の4月ごろ、教諭は既に卒業していた生徒らを学校に呼び出し、謝礼を現金で渡した。

 教諭に指示した当時の教頭は取材に「大学の担当部局である入試センターから、必要な延べ受験者数を伝えられた。前期試験が終わった時点で『だいぶ片付きました』と礼を言われた」と証言する。

 大学が高校側に依頼したとされる08年末、経営学部の入学者数は想定以上に増え、補助金カットの不安が出始めた。当時の大学幹部は「入試センターから『厳しい』という話を聞いた。(補助金カットまで)ぎりぎりで、大変だというのは分かっていた」と話す。

 「やらせ受験」とも言える行為に対し、大産大のある教授は「意図的な操作で合格ラインが上げられ、不合格になった受験生がいるだろう。大学は謝罪すべきだ」と憤る。付属高の元幹部も「必要ないのに、生徒に繰り返し受験させるなんてあり得ない。大学・高校は徹底的に調査して、うみを出すべきだ」と話す。

 ◇立命大は08年無試験で転籍

 大産大は09年度入試で、なぜ入学者数の調整に苦慮したのか。少子化に伴う学校間競争の激化を背景に、新入生の早期の囲い込み合戦と入試の複雑化が見えてくる。

 大産大の入試パンフレットによると、09年度の入試は、一般▽スポーツ推薦▽文化系クラブ推薦▽AO▽ディベート−−など20種以上に及んだ。経営学部では、一般入試が始まる2月までに入学者が定員を大幅に超え、補助金カットの恐れが出ていた。関係者は「想定よりも集まりすぎた」と話す
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藩政と領民気質

教育と政治 2009.08.03 Monday msophia

3年ぶりに北海道小樽市を訪ね古い町並みを散策してきたが、何度訪ねても次回の訪問を自分で約束してしまう、好感度の高い町である。すしやカニなど食べたくなるものが沢山ある町だが、小樽市の人たちの素朴で誠実な人柄はとても惹かれるものがある。今回は2日だけ宿泊して町を散策してみたが、仕事柄街中で高校生の姿を見かけるとついつい地元福岡県の高校生と比較してしまう。第一に久留米や福岡市で見かける茶髪、金髪、ズボンずり下ろし、短いスカート、ぺちゃんこカバンといった、高校生らしからぬ学生が全くいない町ですね。人口は13万人の町だから福岡県の大牟田市程度の大きさはあるのだから、私が日頃からみかける非高校生の類も少しはいてよいとおもうが、ゼロである。


大学は小樽商科大学がありますね。福岡県の人達にはなじみの無い大学だが、商科大学というだけに英語はかなりしゃれた問題を出題する傾向があります。地獄坂という名称がついた坂を上りきったところに大学があり、そこからは石狩湾を望むことができます。日露戦争以来貿易港として栄えた小樽市の人材育成を担ったのがこの大学なのです。小樽市は戦前は神戸、横浜と肩を並べる貿易港だったのです。町並みは戦前の面影を強く残しつつ、徐々に近代化されている感じがあり、古さと新しさがうまく調和した町といえるでしょう。きれいなあの町並みを久留米市や福岡市でみかけるような高校生がいたら町の景観も壊れるでしょうね。


常日頃から思うのですが、福岡県の高校は数が多すぎます。少子化であるにもかかわらず公立学校は沢山あって、私立学校も多いでしょう。久留米の信愛女学院などは定員割れを生じているし、公立農業高校である筑水高校はとっくの昔から定員割れの状態です。甘木市にある町立三井高校の女子学生の電車のなかでのマナーの悪さはたいしたものですよ、眉がまともに残っている生徒がいませんね、そしてスカートは膝上20センチくらいです、しかもその短いスカート姿で対面するシートに足を上げて座るのですからたいしたマナーです。彼女達のカバンの中は空っぽでしょうね、彼女達の話している話題は勉強以外のことばかりで、何をしに学校へいっているのだろうと思います。小樽市にはあの手の高校生はいませんね。高校生らしい子達しかいないんです。


いつから、私がいつも見る高校生はああなってしまったのでしょうか?私の塾にはそういう生徒はいませんが、街中ではとても多くみかけます。第一の原因として考えられるのは福岡県は躾がほどこされていない子供達が多いのじゃないかなと、私は思います。福岡県は明治維新時に柳川藩、有馬藩、黒田藩、小笠原藩の4藩がまとまって福岡県がつくられたんですけど、柳川藩の立花家は10万石といえども、立派な藩政が行われたそうです。しかも、立花家には暗愚な藩主が一人も出ずに、明治維新への移行も速やかに行われたようです。柳川では今も立花の藩主を敬愛する気持ちが根強く残っていると聞きます。柳川の町を訪ねてみると古きよき町のたたずまいが残っていますよね。柳川の人たちは子供の躾も上手にやってのけているのではないでしょうか。


有馬氏は久留米に入藩したとき治世に苦労したそうです。新しく領民にされた人たちの抵抗が強くて、石高は20数万石とはいうものの実際の取れ高は30万石あったのです。だが納入石高は思うように取れなかったそうそうです。当時の在郷地主以下百姓達の反有馬の姿勢の強さが窺えます。逆に言えば、有馬の藩主 統治にかかわる武士が人徳なく領民の共感を得られず、領民の躾ができずに手を焼き、あげくの果ては商人に多大の借金を重ね、領地を商人や地主に担保として奪われていったのです。実は財政支援をした者の子孫の一人がこの私です。こういう環境では人々の間に「権威を舐め、躾もされない、型破りな人間」が育っていったのではないでしょうか。久留米商人はかの近江商人に負けないくらいの評判の商才レベルを持っていたらしくて、「街中の商家が1軒潰れれば、赤飯炊いて喜んだ」とういう言い伝えがあるほどの厳しい商いをする商家が多かったそうです。また、「久留米商人が歩いた後にはぺんぺん草も生えず」という言葉も同じく久留米商人の気質を示しています。ともかく、現在の久留米市内では柳川のように有馬藩主をたてまつり感謝をする意識がないのです。そして有馬の元家来衆の子孫にもないのではないでしょうか。有馬初代は家康にごまをすりすり大大名になっただけに、権威がなかったのでしょう。その一方、権威に囚われず、自由な発想で業を起こし成功した人が久留米市には多いのは江戸時代、いやそれ以前の戦国時代の100年間の無法地帯筑後の国から生まれたのではないかと、私は考えています。石橋正二郎氏がその典型です。


話は戻りますが、小樽市と久留米市で見かける高校生の有様の違いは「それぞれの町が持つ歴史」が原因ではないかと、私は思います。東北地方、日本海に面する県を訪ねてみると、躾のよさそうな生徒達を街中でみかけることができます。福岡県の北九州の高校生は昔から躾が良い生徒が多かったですね。私の恩師であった林六郎先生が懐かしそうに言われていましたが、「小倉高校の生徒達のマナーの良さはすばらしかった」そうです。戸畑高校の生徒達が修学旅行で見せるマナーのよさも、町行く人たちが足を止めるほどのすばらしさだったそうですーこれは、東京に住む私の知り合いが言った言葉です。こういうエピソードがあるのも小倉の治世を行った小笠原氏が立派な躾教育をおこなったせいではないかと思います。久留米市や博多のように商業が発達すれば自然と躾は悪くなっていくのでしょうか?なんとなく私はそう思えてきます。商人の合理主義的な考え方がいつしか町の人たちのの価値観に影響してくるのでしょう。久留米は商業と農業が中心の町で有馬氏の武士としての治世の影響度が全く感じられないユニークな町で、商人の影響力が強い点は大阪市、博多に似ているようです。しかし、躾は行わないと私は緻密な頭をもった子供は育たないと思います。

来る選挙の民主党のマニフェストの1つに、高校授業料無料がありましたが、私はとんでもないと思います。本当に勉強をしたいが、経済的な理由で授業料が払えないでいる生徒だけを助けてあげればよいことで、私が久留米市内、福岡市内で見かける「変てこな高校生」へまで貴重な税金のばら撒きは必要ないと思います。鳩山代表はもっと見るべきところを見ないといけないでしょう。票が欲しさ一心のばらまき政策はすべきではありません。


現在の久留米附設、昔の明善でも八女市内の出身の生徒は比較的できが良いのは柳川藩以来の躾のよさの差がでているのかもしれませんね。北九州予備校が厳しい管理授業を行いそれなりの実績をあげてきたのも、北九州の人たちの躾のよさをうまく活用したからでしょう。とにかく、いろいろと考えさせられた小樽旅行でした。次回は、冬の小樽を是非訪ねたいと思っています。
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